【ジャパンC2025回顧】「欧州馬=鈍足」の嘘と、カランダガンが暴いた“ベストペース”の正体 ~前編~byエムイシ

20年目の亡霊と、世界レコード

まずは今年のジャパンカップ、あのスタートについて触れねばなるまい。

ゲートが開いた瞬間、シルヴァーソニックの姿がフラッシュバックした。

それはさておき、レースはセイウンハーデスが刻んだ1000m57秒台の大逃げで進み、それを追いかける2番手集団も58秒台。

後方で脚を溜めたカランダガンやマスカレードボールですら、前半を60秒そこそこで通過している。

一般的には「ハイペース」と言われるラップだが、後半はさらに速かった。

直線、横に大きく広がった馬群の外から、カランダガンとマスカレードボールが併せ馬のように突き抜ける。

そして、先頭でゴール板を駆け抜けたのは―

アドマイヤテラだった。

いや、カランダガンだった。
勝ち時計は2分20秒3

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あのアーモンドアイの記録を0.3秒も更新する世界レコード
そして、2005年のアルカセット以来、実に20年ぶりとなる外国馬によるジャパンカップ制覇となった。

なぜ欧州馬は「日本」で勝てなかったのか?

※本記事は日本と世界を対比させてわかりやすく伝えるために、極端な例を使用しています。考え方や概念として捉えてください。
また、あくまで筆者個人の見解であることをお断りします。

2005年、アルカセットが叩き出した2分22秒1という当時のレコード。

3着のゼンノロブロイは前年の秋古馬三冠馬であり、2着ハーツクライが次走の有馬記念で「英雄」ディープインパクトを完封したことを考えれば、アルカセットの走りがフロックでないことは明白だ。

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それから20年後のジャパンカップは、あのアーモンドアイを0.3も上回る2:20.3の世界レコードでカランダガンが駆け抜けた。

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  • 脚が遅いと言われる欧州馬が、なぜ日本で世界レコードを出せるのか?
  • なぜアルカセット後、20年もの間、海外馬はジャパンカップで勝てなかったのか?

まず、この20年の間で 日本馬はドバイミーティングやブリーダーズカップをいくつも勝つようになった。
日本馬のレベルアップが、外国馬の壁になっていたことは間違いない。

だが、それだけが理由だろうか?

「日本の馬場は特殊だから」
「欧州馬は時計がかかる馬場が得意で、スピードがないから」

これらは半分正解で、半分は間違いだと考える。

「欧州馬=鈍足・キレない」は本当か


欧州の芝は深く、デコボコしており、例えるなら「登山の獣道」。
対して日本は、整備された大きな「陸上トラック」。

求められる適性が違うのは百も承知だが、だからといって「海外馬=脚が遅い」という定義は暴論であると感じる。

余力があるなら国ごとの差はない

そもそも脚が速い定義とは何か?

走破タイム? 平均ラップ? 瞬間最高速?

だが昨年のジャパンカップを思い出してほしい。

ゴリアット(6着)
 KGⅥ&QES 勝ちタイム 2:27.43 上り3F 37.96
 ジャパンカップ  走破タイム 2.26.0  上り3F 33.5
       
(1着と0.5秒差)

オーギュストロダン(8着)
 英ダービー 勝ちタイム 2:33.8 上り3F 33.01(11F 10.83)
 ジャパンカップ  走破タイム 2.26.2  上り3F 33.5
       (0.7秒差)
ファンタスティックムーン(11着)
 ジャパンカップ  走破タイム 2.26.5  上り3F 33.5
       (1.0秒差)

ドウデュースの異次元の末脚を除けば、彼らは日本馬と遜色ない「33秒台半ば」の脚を使っている。

また、20年間勝てなかったとはいえ、アクシデントがなく走れば、5秒も10秒も遅れるような馬はおらず、コンマ数秒からせいぜい1秒台の差でしかない。

特にオーギュストロダンは、あのアップダウンの激しいエプソム(英ダービー)で、10〜11ハロン区間に10秒台のラップ(3F33.01)を刻んでいる。
また、BCターフでは小回りを突き抜け、米国でもそのキレ味を発揮した。

つまり、海外馬に対する以下の仮説は、再考の余地があるだろう。

  • ❌️ 最高速度が足りない
  • ❌️ キレ負けする
  • ❌️ 日本の速い時計で走れない

海外馬も、「速いしキレる」。
では、何が勝敗を分けたのか? カランダガンが世界レコードで駆け抜けられた理由はどこにあるのか?

答えは「ベストペース(余力の残し方)」にあると見ている。

ベストペース

「スプリンター」対「ステイヤー」の3000m走

少し極端な例を出そう。 スプリンターとステイヤーが3000m走で対決するとする。

ただし、「前半2000mを、返し馬程度の超スローペースで走る」という条件付きだ。

勝つのはどちらか?

これなら、スプリンターが勝つと言う人は少なくないだろう。
前半の有酸素運動での消耗が極端に少ないため、ラストの瞬発力勝負(無酸素運動)では、元々の筋肉量やバネに勝るスプリンターの「最大出力」が活きるからだ。

近年はミオスタチンや速筋遅筋割合などもよく話題に上がるが、気性や馬体、筋肉の質により、スローペースで消耗が激しい/ハイペースで消耗が少ない馬は確実にある。
そもそも重馬場得意という話も相対的な消耗度が低いという事であり、どんな馬も良馬場より消耗している
逃げ馬/追い込み馬の差もこのあたりから生じる。細分化すれば追い込み馬でも、一瞬の最高速が武器のカミソリ馬と、長く落ちない末脚のナタ馬も消耗度の差から生まれる戦法の差である。

「その馬が一番速く走れるペースの違い」を意識したい。

欧州競馬の本質は、このスプリンターの例に近い側面がある。

日本のように、高速巡航でのポジショニング争いに体力を使わない代わりに、欧州はタフな馬場ゆえに、道中のペースは驚くほど遅く、そのかわりどんな馬場でもバテないパワーが求められる。(当然そのパワーをスタミナとも言い換えられる)

例えば2025年のインターナショナルS。
実質的な逃げを打ったダノンデサイルの1000m通過は65秒ほどであり、これは日本で言えば新馬戦のペースだ。

  • 欧州競馬: ユックリだが、足元が悪い過酷な有酸素運動。
  • 日本競馬: 足元は軽いが、常にハイラップを刻む高速有酸素運動。

欧州馬が日本で惨敗してきた理由は、単純に「脚が遅い」からではない。

欧州では「過酷な道中をベストペース(ユックリ)で走ることに長けた馬」を生産しており、日本のペースに投げ込まれると
・欧州なら他馬が燃料切れを起こすペース
・(JCに来るような一流欧州馬はそれでも)欧州と同じくらいキレている
・日本馬は軽い馬場に最適化されており、より消耗してない
・相対的にキレ負ける
と言った現象が起こる。

逆に言えば、「日本の軽いハイペースが、自分のベストペースの範囲内に収まる欧州馬」であれば、彼らが本来持っている末脚は日本でも炸裂する。

アルカセットがそうであり、今回のカランダガンがまさにそれだったのだろう。

血統派が言う「重い」は「遅い」ではない

まず、血統を語る人間として、訂正しておきたいことがある。

我々血統派が「欧州血統は重い」「ガリレオは重い」と表現するせいで、多くのファンが「重い=足が遅い=日本じゃ用無し」という短絡的な式を刷り込んでしまっているかもしれない。

ここで言う「重さ」とは、絶対的なスピード能力の欠如ではない。 日本の軽い馬場における「タフさが武器にならない」ことを指している。
(それが遅いという事だろですって?それはそう。)

現に「重さの象徴」とされるガリレオだが、不良馬場ならこぞってガリレオ系の印を上げるだろう。
本当に脚が遅いだけなら、どんな条件でも評価を上げることはないのに。

また、母の父として日本に入れば多くの活躍馬を残しているし、その最高傑作フランケルの産駒(特にモズアスコット)は、日本でレコードを連発している。

彼らは「遅い」のではない。 日本の展開では「自分のベストペースで勝負できていなかった」だけなのだ。
(それが遅いという事だろですって?それはそう。)

日本の新しいトレンド「高速馬場かつ欧州的な重さ」

次に、カランダガンが勝てたもう一つの要因、「馬場」について触れる。 今年のジャパンカップウィークの時計を見てみよう。

JC前日 1勝クラス: サトノパトリオット(2:23.5 / 上り34.0)-0.2
2025年ダービー: クロワデュノール(2:23.7 / 上り34.2)

JC直前 3勝クラス: ヴィレム(1:57.6 / 上り33.5)-1.0
天皇賞(秋): マスカレードボール(1:58.6 / 上り32.3)

条件クラスの馬が、ダービーや天皇賞より速く走破してしまうほどの「超・超高速馬場」だったのだ。
でも「そんな高速馬場なら、なおさら日本馬が有利では?」と思うのが普通だ。
これにより、速いペースで追走するための負担が減り、直線のキレに繋がったという見方もできる。

だが、それだけではない。近年のトレンドは変わってきている。
ほんの数年前まで「サンデー系×米国系」という、究極の軽さとキレを追求した配合が日本競馬の中心だった。

しかし今は、タイトルホルダー、リスグラシュー、タスティエーラ…
欧州的な血統の最強馬がどんどんと増えている。

欧州的日本馬の総大将は、母系に凱旋門賞馬の名が並ぶイクイノックスだろう。

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牝系には凱旋門賞や欧州のダービー馬の名前が並ぶ

今年は特にその傾向が顕著だった。
2025年のG1勝ち馬の血統を整理してみた。

  • マイル以下(米国・日本型優勢)
    • ウインカーネリアン、エンブロイダリー、ジャンタルマンタル
  • 2000m以上(欧州型優勢)
    • キングカメハメハ系(欧州指向): ベラジオオペラ、ヘデントール、マスカレードボールなど
    • 欧州牝系・重厚型: クロワデュノール、レガレイラ、パンジャタワー、カムニャックなど
    • 例外(米国型): メイショウタバル(のみ)

シンプルなスピード優先のマイル以下はともかく、中距離以上においては、欧州色の濃い馬が席巻している。

特に象徴的だったのが、JC前日のレース結果だ。

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11/29(土)の芝  重いとされる欧州型の名前が目立つ


日本的な馬の中で「異質な欧州型」「硬いステイヤー」と言えるレイデオロ産駒や、欧州的影響が濃いキンカメ×ヌレイエフのミッキーロケット産駒が、世界レコードが出るような高速馬場で躍動していた。

今の日本の高速馬場は、もはや「軽すぎて欧州馬が走れない馬場」ではない。
「高速でありながら、欧州的な重さを必要とする馬場」に変貌している。

カランダガンは欧州馬ガリレオ系ゆえに、この「重さ」を持っていた。

では、なぜ彼は日本の「速いベストペース」に対応できたのか? その答えは、彼が隠し持っていた血統の秘密にある。

​(後編へ続く)

※サムネ画像はクロス氏提供です、ありがとうございます!


M石土井

ゴルシ産駒研究者

一口馬主を京都サラブレッド、YGG、広尾、DMM、ノルマンディーなどで楽しんでいる、ゴルシ産駒研究者。noteにてゴルシ産駒にまつわる投稿を行っている。血統分析に重きを置くスタイルで、代表出資馬はドライスタウトやグランベルナデット。ゴールドシップ産駒ではオルノアやブルーローズシップなどに出資している。


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