⇧前編はこちら、まずはぜひこの記事をお読みいただきたい。
欧州馬が日本で勝てない理由は「脚が遅い」からではない。
日本の速いペースに付き合うと、ベストペースを超えてしまい消耗するからだ。
しかしカランダガンは、世界レコードのペースでも消耗せず、最後に弾けた。
その理由は彼の血統構成にある。
カランダガン血統解剖:日本適性の正体は「ナスルーラ」
血統の「定義」
まずは(望田潤氏の影響を受けた)私が使う言葉の定義を共有しておきたい。これらは馬の特性を定めるパラメータのようなものだ。
📝血統用語(詳細は望田潤氏のブログ等を参照)
ナスルーラ(Nasrullah):
「柔らかさ」と「絶対的なスピード」の源泉。日本の高速馬場には必須の成分。
プリンスキロ(Princequillo):
「しなやかさ」と「可動域の広さ」を伝える。ストライドを伸ばす役割。
ハイペリオン(Hyperion):
「バテないスタミナ」と「底力」を伝える。苦しい時のもうひと踏ん張り。
⚡️ナスキロ(Nasrullah + Princequillo):
ナスルーラのスピードを、プリンスキロが大きく広げる。日本特有の「軽く走って、鋭く伸びるキレ」を生み出す配合。
🔥ナスペリオン(Nasrullah + Hyperion):
ナスルーラのスピードを、ハイペリオンが底から支える。東京の長い直線でも「バテずに伸び続ける持続的なキレ」を生み出す配合。
カランダガンという馬は、この「ナスキロ」と「ナスペリオン」を豊富に持っていた。
それが、血統派が「カランダガンはあるぞ」と注目した理由であり、彼が日本のペースに対応できた最大の理由だろう。
① ガリレオにある「軽さ」のスイッチ:Miswaki
まず父父のガリレオ(Galileo)。
その母母アレグレッタの影響で「重い(追走力が低い)」とされがちだが、彼の中には明確な「軽さへのスイッチ」が存在する。
それが母の父、Miswaki(ミスワキ)だ。

ミスワキはミスプロの米国的な軽さとスピードを持ち、何よりNasrullah × Princequillo という強烈な「高速馬場向きのナスキロ」を内包している。
サイレンススズカの母父と言えば、そのスピード性能は理解できるだろう。
カランダガンは、ガリレオの重さではなく、このミスワキの「軽さ」を引き出した配合と言える。
② 父グレンイーグルス:「馬場ソムリエ」
父グレンイーグルス(Gleneagles)は、重馬場が得意なはずのガリレオ系でありながら、現役時代は「馬場ソムリエ」と言われるほど、硬くスピードが出る馬場を好んだ。
その理由の一端は、彼の母が名馬Giant’s Causewayの全妹だからだ。

その父Storm Catの持つ「米国的な軽さと追走力」が増幅されている上、Storm Catの母父には、米国競馬史上最高クラスの影響力を誇るナスキロ、Secretariatが鎮座している。
またその母Mariah’s Stormは Nasrullah ≒ Royal Charger 4・6 x 5・5・5 という日本馬顔負けのスピード血統を持っている。
つまり父グレンイーグルスの時点で、すでに欧州馬離れした「日本的な素軽さ」を獲得していたのだ。
③ 母系は「日本ニックス」のトライアングル
そして、極めつけは母系だ。
母父の祖であるChief’s Crown。
この血は、アグネスデジタルやディープスカイの母父として極めて日本向きの性能を示した血統だ。なぜなら、Chief’s Crown自身が「ナスルーラ・プリンスキロ・ハイペリオン」の3要素を5代血統表内にすべて併せ持っているからだ。

しかし、母父Secretariatが光る
だが、カランダガンの母系ですごいのは彼だけではない。血統表の奥を見てほしい。
La Papagena(母父父母)
Mill Reef(母父母父父)
Offshore Boom(母母母父母)
この名馬たちが、こぞって「ナスルーラ・プリンスキロ・ハイペリオン」の3点セット(日本ニックス)を完備している。特にMill Reef(ミルリーフ)はその象徴だ。

これほどまでに、日本(特に東京)の高速馬場に必要なパーツを「全部乗せ」した欧州馬はなかなかいない。しかも、高速向きの血統でありながら、ガリレオ系の「欧州的な重さ(底力)」も持ち合わせている。
彼が日本の馬場にフィットしたのは、偶然ではなく必然だったのではないだろうか。
実は似ている? 過去の「日本で強かった海外血統」との比較
余談になるが、カランダガンの血統構成を見て、過去の外国血統のジャパンカップ覇者たちがよぎった。
2000年 テイエムオペラオー(両親とも海外生産馬)
2005年 アルカセット(海外馬)
彼らはカランダガンと血統的な相似点が多い。
一方で、同じような血統を持ちながら、2011年ジャパンカップで1番人気6着に敗れた凱旋門賞馬デインドリーム。
「勝った彼ら」と「敗れたデインドリーム」。その差はどこにあったのか?
それを分かつのが、「High Top(ハイトップ)の硬さをほぐせたか?」という問題だ。
「High Top」という諸刃の剣
デインドリームと、2005年の覇者アルカセット。
この2頭は、共に「Niniski × High Top」という血統構成を牝系に持っていた。
Niniski: 超重厚なパワーステイヤー
High Top: 超硬質なマイラー


日本の芝は、柔らかく大きく走れる方が有利だ。ここまで散々海外馬は「遅くない」と言ってきたが、さすがにここまで「硬いパワーステイヤー」の血は、重い。いや、遅い。
本来ならディスアドバンテージにしかならない。
実際にデインドリームは、この硬さを解消する術を持たず、日本のスピードに対応できずに敗れた。(とはいえ0.5秒差の上り2位だから実力は世界トップクラスだが)
アルカセットとオペラオーの「回答」
では、なぜアルカセットは勝てたのか?
それは彼が、両親にナスルーラ(Nasrullah)を持っていたからだ。
硬い硬いと言ったが、High Topは世界的な優秀な血統であり、欧州的なスピードや前向きな気性も現代に影響力を残している。
そのHigh Topの特性をナスルーラやナスキロによる「ほぐし」で日本ナイズさせる。
更にアルカセットの父キングマンボは欧州血統の中でも日本に近い「フランス的な柔軟性」を持ち、何よりナスペリオンの要素が非常に強い。
このナスペリオンが「持続的なキレ」を生み、High Topの硬さを中和して、東京の長い直線を先頭で駆け抜けた。
テイエムオペラオーもまた、父オペラハウス(サドラー系)の中にHigh Topを持っていたが、彼にも同じことが言える。
オペラオーは母がNasrullah ≒ Royal Charger 3 × 4・6の強烈な柔軟性インブリードを持っており、こちらも硬さをほぐすと同時に日本的なスピードを手に入れた。
また父がナスペリオン、母がナスキロを持っていることで、あの驚異的なロングスパート能力を開花させた。

カランダガンもまた、彼らの系譜にある。

一見すると重厚な欧州血統だが、その中身はナスキロとナスペリオンで満たされ、欧州的硬さがきれいに「ほぐされて」いたのだ。
更にいうと、ともに世界レコードで駆け抜けたマスカレードボールも欧州血統だ。
・キングカメハメハ(欧州系)
・欧州クラシック血統のトニービン・ウインドインハーヘア・ダンシングブレーヴ

完全に余談だが、真の世界レコード(仮)のアドマイヤテラも
・キングカメハメハ
・トニービン&ウインドインハーヘア

もうこれは偶然ではなく、欧州血統こそがジャパンカップの特徴だ。
結論(まとめ)
この記事で伝えたかったことは、以下の3点に集約される。
1. 「欧州馬=遅い」は過言
彼らのエンジン性能は凄まじい。
ただ、日本の軽い馬場だとペースが速すぎて「ベストペース」を維持できず、発揮できていない。
しかし今回は、日本馬場の欧州化と、記録的な「超高速馬場」であったため、カランダガンが本来の力を発揮できたと言える。
2. カランダガンは「日本適性」が高かった
カランダガンは以下の「日本適性パーツ」を完備していた。
ナスキロ: 日本の高速馬場を滑るように走る「柔らかいスピード」。
ナスペリオン: 長い直線でバテずに伸び続ける「底力」。
日本馬場の欧州化: 高速かつ欧州の重さを要求するようになった日本競馬。
これらを「全部乗せ」していた彼は、来るべくして来た「アルカセットの再来」だった。
3. 次への教訓
「海外馬だから消し」という思考停止はもったいない。
見るべきは国籍ではなく「血統の中身」そして「馬自身のポテンシャル」だ。
日本競馬の適性を理解すれば、日本の高速馬場でも走る海外馬は十分に判別できる。
覚えておいて損はないだろう。

M石土井
ゴルシ産駒研究者
一口馬主を京都サラブレッド、YGG、広尾、DMM、ノルマンディーなどで楽しんでいる、ゴルシ産駒研究者。noteにてゴルシ産駒にまつわる投稿を行っている。血統分析に重きを置くスタイルで、代表出資馬はドライスタウトやグランベルナデット。ゴールドシップ産駒ではオルノアやブルーローズシップなどに出資している。







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